

(clioneから)
海水を飲むと更に喉が渇くのは、上昇した血液中の塩分濃度を薄めるために身体が更に水分を欲するためであると言われるが、即時的なレスポンスを得られるメールという通信手段もまた、海水的な悪循環を持っている。
手紙であるならば一通の手紙をやりとりするには一週間ぐらいはかかっていた。書いているときや読むとき以外にも「手紙が郵送される数日の間」が必要で、
いわばコミュニケーションの「滞空時間」みたいなものが存在していた。もしかしたら、その待ち時間をひっくるめたものがコミュニケーションだったのかも知れない。
だけどその「間」が通信技術の発達によって失われてしまった。
メッセージの届くまでの時間がコミュニケーションの長さで、言葉が届いてしまった瞬間にコミュニケーションは終了してしまい、絶えず反応し続けていなければコミュニケーションを保てなくなる。
だからコミュニケーションを成立させるために即時的に反応し続けなければならなくなる。
そうすると相手の内面を丁寧にくみ取ることが出来なくなってしまい、言葉は即時的で反射的なものになってしまう。
そして欠落を更に埋め合わせるために、より速く、より多くのレスポンスを欲してしまい、余計に孤独感の渇きが酷くなっていく。
それを僕は「海水コミュニケーション」と呼んでいる。
通信のサイクルが早くなればなるほど、即時的に反応しなければ「関心がない」と見なされてしまうのだとしたら。
あるいは絶えずアウトプットしていない限り、その場に存在できない、人間関係を保ち続けられないとしたら、メールという通信手段が孤独感を充足させているとは言い難い。むしろ反対に、通信が速く簡易になればなるほど孤独感の渇きが酷くなっていくというパラドックスが生じている。
一見「10分以内に返信しなければダメだ」というのは非合理的に感じられる。けれども、その言葉が発せられる裏側には海水を飲むようにメールの送受信を繰り返している誰かがいるってことかも知れない。
海水を飲むようなコミュニケーション - マボロシプロダクト (via petapeta) (via error888) (via aya18) (via atorioum) (via uessai-text) (via 1394) (via futashika) (via yaruo) (via yaruo) (via toshi0104) (via kiri2)大抵亀レスなオイラの味方
明日5月13日は鹿角市でNHKのど自慢。熊騒動の汚名を晴らせるか?
634 おさかなくわえた名無しさん :2009/06/14(日) 23:06:36 ID:1/7DNT+h
自分は足が悪く歩き方が変。周りに見られる事も多い。
この間は電車内で小学生に笑われた。変だって。
その親も「そうだね~。○○はあんなんじゃなくてよかったね。」って。
そこは注意すべきなんじゃって悲しくなった。その後も笑い者にしてるし。
それを聞いた別の家族の小さい子が「ママ!あのお姉さんは変なの?可哀相なの?」と。
聞かれた母親は「大変かもしれないけど変じゃないよ。」って説明してた。
そしたら笑ってた親子が偽善だとか色々言い始めた。
なんでそこまで他人に言われなきゃ…って泣きそうになった時
質問した子供の父親の方が「偽善で結構です。」と言い返しに。
「思った事を言って何が悪い!!」と反論する親子。
長いので一旦切ります。
635 634 :2009/06/14(日) 23:09:22 ID:1/7DNT+h
電車内が一気にその親子達に集中した時
父親が「だったら私も言いますけど、あなたやお子さんの顔も十分可哀相ですよ。」
「私の妻も子供もそんなんじゃなくてよかった。」と。
思わず笑っちゃった。確かにいい顔ではなかったから。
恥ずかしくなったのか親子は別車両に移動。
父親は子供に「電車の中でおっきい声出しちゃダメでしょ!!」って怒られてた。
「お騒がせしました。」と一礼した後に家族で謝りにきてくれた。
「謝らなくていい。嬉しかった。」って言ったら涙が止まらなくなった。
その涙を見た子供が「お姉さん泣かないでこれあげるから。」ってカプセルくれた。
なんかやたら長文だし書くのうまくなくてゴメン。
貰ったアンパンマンのマグネットは宝物にする。
自分は足が悪く歩き方が変。周りに見られる事も多い。:アルファルファモザイク (via iyoupapa) (via reretlet) (via nopnop) (via joker1007) (via msnr) (via yaruo, iyoupapa)
2009-06-16
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(via shichimin)
学生時代、貧乏旅行をした。帰途、寝台列車の切符を買ったら、残金が80円!
もう丸一日以上何も食べていない。家に着くのは約36時間後…。
空腹をどうやり過ごすか考えつつ、駅のホームでしょんぼりしていた。
すると、見知らぬお婆さんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。
わけを話すと、持っていた茹で卵を2個分けてくれた。
さらに、私のポケットに千円札をねじ込もうとする。
さすがにそれは遠慮しようと思ったが、お婆さん曰く、
「あなたが大人になって、同じ境遇の若者を見たら手を差し伸べてあげなさい。
社会ってそういうものよ」
私は感極まって泣いてしまった。
お婆さんと別れて列車に乗り込むと、同じボックスにはお爺さんが。
最近産まれた初孫のことを詠った自作の和歌集を携えて遊びに行くという。
ホチキスで留めただけの冊子だったので、あり合わせの
糸を撚って紐を作り、和綴じにしてあげた。
ただそれだけなんだが、お爺さんは座席の上に正座して
ぴったりと手をつき、まだ21歳(当時)の私に深々と頭を下げた。
「あなたの心づくしは生涯忘れない。孫も果報者だ。
物でお礼に代えられるとは思わないが、気は心だ。
せめて弁当くらいは出させて欲しい。どうか無礼と思わんで下さい」
恐縮したが、こちらの心まで温かくなった。
結局、車中で2度も最上級の弁当をご馳走になり、
駅でお婆さんに貰ったお金は遣わずじまいだった。
何か有意義なことに遣おうと思いつつ、その千円札は14年後の今もまだ手元にある。
腹立たしい老人を見ることも少なくないけれど、
こういう人たちと触れ合うことができた私は物凄く幸運だ。
インコックのホームページからカレンダーをご覧下さい。m(_ _)m
昨夜、次男の仙台での受験の(今日の)宿泊の確認をしたら、見事に日付を一日(次の日に)間違っていた。大至急キャンセルして再予約。でも今日の明日、うまい具合に空いてなくてツインのシングルユース二部屋をやっと予約。ところが今朝になってホテルからオーバーブッキングっていうの?デラックスツイン一部屋しか取れないって。私のいびきがうるさいって二部屋とったんだけどそれしか空いてないなら仕方がないとOKした。着いてみたらすんごい部屋。バストイレ一個のほかにもう一つトイレがあって、五~六人は座れるソファの応接室があって、そっちと寝室にテレビが有って、しかも、お一人様二千五百円相当の夕食をサービスします。風邪引いてて全部は食えなかったけどまあ良しとしましょう。